【ざっくり感想】『新規事業の実践論』
最近、お仕事で「事業開発」なるものをミッションの一つとして課されているのですが、これまでずっとマーケティング・リサーチ業界でデータ分析に関わってきて、他社のビジネスの方に関心が向かっていたこともあり、「事業開発って何やねん」というのがよく分からないでここまで来ています。
一方で個人的に意外だったのは、事業開発/Business Development/BizDevなるものはお仕事のポジションの一つとして、肩書として名乗る人も、それなりの数の求人もあるという事実でした。
ということで、なんかみんな知ってるらしい「事業開発」が気になって手にとった本。著者はリクルートで新規事業開発室を担当され、現在はアルファドライブという社内新規事業開発をサポートするコンサルティング会社を立ち上げられている方。
新規事業=独立してスタートアップ起業みたいなイメージがありますが、本書(や著者の立ち上げた会社)の立ち位置は、あくまで「日本的な企業の”中で”社内新規事業を立ち上げること」の支援にある点が、なかなかユニークだなと感じています。
何が書いてあるの?
- 「独立起業」ではなく「社内で新規事業」をすることのメリット
- 新規事業を立ち上げるにあたっての心構え
特に、顧客と仮説のフィードバックを回していくことの重要性 - 新規事業を進めていくためにベンチマークとなる各ステップ
誰が読むといいの?
本書は「日本的な企業の”中で”社内新規事業を立ち上げること」に主眼をおいています。
そのため、挑戦したいけどベンチャー企業に就職するほどのリスクは負いたくないタイプの方の後押しになるかなと。特に、社内(特に日本的な大企業)で偉い人から「何か新しいことをやれ」って言われて進め方に困ってる人には手がかりになると思います。
ざっくり各章レビュー
第1章:日本人は起業より「社内企業」が向いてる
日本企業では労働者がそう簡単に辞めさせられないので、失敗しても生活が揺らがない点でむしろチャレンジ向きだよね、というのが「社内企業」が向いている理由として主張されています。
にもかかわらず、日本企業が”社内の”新規事業開発に投資をしない(投資するとしてもベンチャーキャピタルなど”社外”に投資しがち)なので、挑戦する数自体が無いんだから新規事業が育ってないように見えるのも当然だよねという問題提起。
第2章:「社内起業家」へと覚醒するWILLのつくり方
社内起業を進めるにあたって「誰の、どんな課題を、なぜあなたが解決するか」(=WILL)という出発点の重要性を説明している章です。
社会課題の震源地である”ゲンバ”で責任感を醸成し、新規事業の最前線である”ホンバ”で先駆者から刺激と勇気をもらうことで、WILLをより強固にできると提唱しています。
第3章:最初にして最大の課題「創業メンバーの選び方」
社内起業にあたってのチーム構成と、メンバーに求められるスキルについて見解を紹介している章です。
スピード感、レジリエンス(心が折れたときに立ち直る力)、マンパワーの3つのバランスを考慮すると、理想は2人、多くてもせいぜい3人が良いとのこと。人数が増えれば増えるほどスピード感が落ち、それって顧客と仮説のサイクルを回すには障害になってくるのは実感としても分かる話でした。
メンバーに必要となる能力としては、ネットワーク、エグゼキューション、ナレッジの3つを挙げています。”顧客”を重視するからこそネットワークは重要として、エグゼキューションはいわゆる”事務処理能力”とか”ソフトスキル”と呼ばれるものとの理解です。大企業ほどこの辺しっかり教育行き届いてたりするので、この点では「社内企業」ならではの強みかもと思いました。
第4章:立ち上げ前に必ず知るべき新規事業「6つのステージ」
本章のエッセンスが最も詰まっているのが4章。顧客課題(WILL)を見つけた後に既存事業に並べるまでを、著者の経験から6つのステージに分解しています。
- ENTRY期
顧客と仮説のサイクルを繰り返して、検証可能な事業仮説を構築する。
この段階では、儲けや具体性、当社でやる意義は問わず、
顧客・課題・ソリューション仮説・検証方法の4項目だけあればよい。 - MVP期*1
事業計画(と試作品)を提示する。
顧客を見つけてPoCを実施し、仮説検証を進める。
と同時に、売り方やコスト構造、収支シミュレーションを検討する。 - SEED期
商用レベルとなる事業を成立させ、グロースドライバーをみつける。
(PoCではなく)実際に商売を成立させながら、
そのなかで赤字にならない顧客拡大策の目処をつける。 - ALPHA期
ビジネスをグロースさせる。スタートアップで言えばシリーズAの段階。
大きく資金投下して、営業・マーケティングを頑張る。 - BETA期
経営会議が無視できない規模に到達する。IR資料にも登場し出す。
既存事業と変わらないセキュリティ・マニュアルなどのガバナンスを構築する。 - EXIT期
既存事業に匹敵するレベルとしての投資戦略がある。
IR方針が策定され、社内でも”本業”の一つとしての位置づけがされている。
第5章:新規事業の立ち上げ方(ENTRY期〜MVP期)
ENTRY〜MVP期での取り組みを詳しく説明している章です。
この段階では、顧客と仮説のサイクルをひたすら顧客視点で回していくことが大切で、累計300サイクルという目安を挙げています。そのため、顧客のところに行く≒対象を見つけ、アポを獲得し、ヒアリング獲得するスキルが求められます。
顧客と仮説の300サイクルを実現する働き方をすると、既存事業で重視されるような「確認・事例・調査・会議・資料」を、「社内・上司・先輩・競合」に対して実施する取り組みをやっているヒマは無いという主張が印象的です。日本的大企業でプロジェクトを回そうとすると、週次ないし月次で定期的に報告が求められると思いますが、この段階でそんなことやってる暇があったら顧客と仮説のサイクルを少しでも多く回せというスタンスは、上司の側にこそ任せる覚悟が求められますよね。
第6章:新規事業の立ち上げ方(SEED期)
実際にサービスリリースした直後のSEED期の取り組みを説明している章です。
リリース直後はLTV(Life Time Value)を高めるために、4PのうちProduct, Priceを柔軟に変更させつつ、最初の顧客(Primary Customer)に満足してもらえるサービスにチューニングしていきます。*2
ここで大事なのは、Primary Customerは実際に営業をかけて成果で買ってくれた顧客であり、PoC顧客とは明確に立ち位置が違うと言う点。PoCではウケが良かったとしても、実際にお金を払ってまで使ってくれるかは話が別なので、SEED期はそこを見極めるためのステージと位置づけられています。
第7章:「社内会議という魔物」を攻略する
新規事業のどこかで必ずぶつかる社内会議への対処法について説明している章です。
偉い人視点では「会議の決議内容を自分のそのまた上司に説明できるか」という視点で判断してくるので、自分が上司に詰められたときを想定して重箱の隅を突いてくるし、その視点で会議の判断を下す、という前提を持つことが重要とのこと。
そのなかで、社内会議で詰められがちなのは、数値ロジック・顧客の生の声・リスクシナリオと撤退ライン・関連諸法期・社内キーマンや社外権威者の見解・既存事業との関連を示した戦略図の6点であるとして、それらに回答できる準備をしておくことを推奨しています。
個人的には「創業者のDNAになぞらえる」という小技が気に入りましたw
第8章:経営陣がするべきこと、してはいけないこと
8章は経営層向けのアドバイスを載せている章です。
「画期的なアイデア」は実際に世界を変えるまで画期的だと評価されないので、初期段階ではアイデアよりも「ちゃんと顧客と300回の対話ができるか」を重視すべきだという話や、決裁権限をなるだけ(担当役員の)個人決済に下ろすことで新規事業が進みやすくなるという話など。
新規事業立ち上げ後「より規模が大きな会社を買収する」という選択肢が取れるのは、社内企業ならではという話が個人的に印象的でした。
最終章:「社内起業家」として生きるということ
最終章は改めての「社内企業のススメ」にあたる章です。
1章でも触れられているように、社内企業は失敗してもクビにならない点が最大のメリットであり*3、キャリアにとってリスクがない割にリターンが大きい選択であることが再三強調されています。
似たような本と比較してみる
といっても、この領域の本はそんなに読んだことがないので、下記のコメントは半分エアプで書いています。
『リーン・スタートアップ』と基本発想は同じ
リーンスタートアップの「仮説を立てて試作品(MVP)を作り、顧客に実際にぶつけ、その反応をもとに修正するサイクルを繰り返す」という発想は、『新規事業の実践論』では「顧客と仮説のサイクル」という言葉で語られています。
強いて言えば、『新規事業の実践論』は「まずは『30文字程度のコンセプト文』の仮説段階から積極的に顧客にぶつけて修正していく(ENTRY期)」「仮説がある程度固まってきたら、試作品を顧客にぶつけて修正していく(MVP期)」という段階を踏んでいます。解決すべき課題を特定する段階から仮説→顧客のサイクルを回していく点が、本書で掲げるプロセスの特徴かなと思います。
『ビジネスモデル』は、あとからついてくる
ビジネスモデルの図解/紹介、この3年ほど流行ってるなあと思います。同業界野会社でもビジネスモデル・主な収益源が違ったりしていて、こういう解説を読むとなかなか楽しいですよね。
「新規事業開発=新たなビジネスモデルの構築」という側面は確かにあると思うんですけど、『新規事業の実践論』では、新規事業開発を”ビジネスモデルの構築”という観点では捉えていないなあと読んでいます。
その代わりに、本書では「SEED期に獲得する2社目・3社目以降の顧客では、LTV>CACを意識しろ」という語り方をしており*4、要するに「儲けが出ていればOK」という主張です。先にビジネスモデルありきではなく、顧客課題解決のためのソリューションが結果的に自社の儲けにもなるように調整するというスタンスなので、「ビジネスモデルを作るぞ!」という目の輝かせ方をしない点が特徴だと思っています。
気をつけたほうがいいところ
「実践論」なので、「理論」や「事例」が好きな方は別アプローチもありそう
『新規事業の実践論』は、良くも悪くも著者の経験に基づく「実践論」です。「顧客と仮説のサイクルを回す」をはじめとして、「何を指針に行動するか」「各フェーズで何を目指せばいいか」の心構え・考え方が非常に明確に紹介されています。動き出せる人にとってはこれ以上無い指針だと思います。
一方で、「事業開発の取り組みをアカデミックな側面から体系的に捉えたい」「具体的イメージが沸かないからもっと実例が知りたい」という、これまたいずれも腰の重い大企業の人が言ってきそうなニーズには、本書とは別の語り口のほうが刺さるかもです。
『事業開発の実践論』を読んでから存在に気づいたんですが、グロービス本にも「事業開発」を掲げているものもあるんですね。こういうアプローチと両面から理解するのが自分の中での「事業開発」を客観的に見るには必要なのかも。
- 作者:グロービス経営大学院
- 発売日: 2014/07/14
- メディア: Kindle版
思ったこと
そういえば就活のときに漠然と「大企業の窓際部署で、儲けにならないことだけして気ままに生きていたいな」と思っていたのを思い出しました。その背景には、まさに本書で語られている「失敗してもクビにならないし期待もされてなさそうだから、自由に面白いことできるんじゃないの」という見立てがありました。
社会人になってから、1社目でも2社目(現在)でも既存事業の一つではあるけど主な収益源からは程遠い事業をメインで担当しており、あんまり事業に貢献していないからこその自由さ・面白さを楽しんでいます。
と思っていたのですが、実は本書で提唱している「社内起業」も、ぼくの当時の思いに意外と沿った働き方のひとつとしてあるのかもなあという点が気持ちの上での収穫でした。*5
おわりに
ここ数ヶ月、おしごとで「新規事業開発」に首を突っ込んでいます。
お仕事の「新規事業開発」では、社内フロント担当や実際の顧客の担当部署と対話をしながら、『新規事業の実践論』でも繰り返し唱えられている「顧客」と「仮説」のフィードバックを回そうとしています。その点では本書の提唱するプロセスからそう大きくは外れていない進め方ができているのですが、そうは言っても実践は結構大変だなと実感しています。
まず、「顧客に会う」こと自体がなかなか難しい。
次に、やっぱり「社内共有」「社内報告」「社内会議」から逃げられない。
そして、何よりも兼務で動くと「新規事業開発」に思うように時間を取れない。
とはいえ、偉い人に「社内で新規事業開発ができたら良いな」という気持ちがある点でハードルの一つはクリアできているので、引き続き無理せず生きていこうと思います。
*1:MVP:Minimum Viable Productの略。最小限の価値だけを提供できている試作品のこと
*2:4PのうちProduct, Priceは新規事業だからこそ調整でき、Place, Promotionは既存事業ならではのチューニングという整理ができた点が副次的な収穫でした
*3:成功しても給与はちょっとしか上がらないけど
*4:LTV(Life Time Value:顧客から得られる利益)よりも、CAC(Customer Acquisition Cost:顧客獲得のための営業・マーケティングコスト)が大きくならないように
*5:まあ、事業貢献する気が全然ないのは致命的なんですが。