おもちゃばこ。

にゃんのひとりごと。マーケティングリサーチ業界で気ままに生きています。

マーケティングリサーチ業界に最近思うこと。

2021年2月1日で、現職に転職してちょうど1年が経ちます。

転職してからの振り返りは別途人事評価のキリが良いタイミングでやりたいなと思っていますが、総じて「期待外れだけど嘘は吐かれてないからマイナスが無くて許せる」という現状です。

さて、退職エントリにも記載していますが、前職・現職ともにマーケティングリサーチ業界に籍を置いています。

この数年、複数社の視点から「リサーチ会社」なるものを眺めてみて、マーケティングリサーチ業界の未来にちょっと思うことがあるので、「転職から1年経ちました」エントリの代わりに、自身の整理も兼ねて徒然と書いてみようかなと。

 

マーケティングリサーチってなあに?

リサーチ会社の新人営業さんだと「勘と経験による従来型マーケティングから、データによる客観的なマーケティングをするためにリサーチが必要なんです」って説明をする方が多いんじゃないかなと思います。

とはいえ、コレって「マーケティングリサーチとは何か」の解答にはなっていないので、前提としてそれっぽい説明をいくつか引用してみます。

マーケティングリサーチとは、マーケティング課題を明確にし、課題解決のアクションを決定するために必要な、あらゆる情報収集や分析という意味で使われ、「企業のマーケティング課題を解決するリサーチ」と定義されることが一般的です。

中野崇『マーケティングリサーチとデータ分析の基本』

もう一つ、別の説明もご紹介。

マーケティングリサーチとは、企業のあらゆるマーケティング課題に対して、有効な意思決定をサポートするための科学的な調査・分析のことです。

インテージ社HP『マーケティングリサーチとは』

その他のいくつかの定義付けも含め、マーケティングリサーチなるものに共通するのは、企業の課題に対して「調査・分析によって」「意志決定を支援する」という点です。「マーケティングリサーチ = アンケートやインタビュー」という印象は非常に強いんですが、「意志決定の支援」という側面があってはじめて、マーケティングリサーチになるらしいです。*1

リサーチ会社が自らに課しているミッション

マーケティングリサーチ業界って、就活雑誌の業界別ページすら無いマイナー、だけどそれなり以上に歴史がある業界です。

そんなリサーチ会社が建前として世の中にどんな貢献をしようとしているのか、各企業のMission / Vission やPhilosophy を見る限り、大きく2タイプに分かれる印象があります。この2タイプはどちらが良い/悪いの問題ではなく、単に企業の歴史と文化の違いです。

タイプA:マーケティングパートナー

「リサーチ会社のすべては顧客のビジネス成功のために、二人三脚で頑張ります」というタイプ。先述のマーケティングリサーチの説明に極めて忠実です。マクロミルさんやクロス・マーケティングさんのような、イケイケ系の若い会社に多い印象。

これらのリサーチ会社のMission / Vissionには「お客様」「ビジネス/成功」「支援」などのキーワードが重視されます。一方で「生活者」という視点は全く出てきません。これらの会社は顧客のためならなんでもするので、顧客からの期待/満足度も高く、それがさらなる成長に繋がっています。働いていて謎の充実感があります。

このタイプの課題としては、特に経験が薄い方は「顧客のため=思考停止」に陥ってしまいがちで、自分なりの哲学を持ってない担当者に当たってしまうと「この人、顧客に死ねって言われたらホントに死んじゃうのでは」と不安にすらなってしまいます。

タイプB:生活者や社会の声を伝える代弁者

「リサーチ会社は生活者(や社会)の代わりに生活者の声を企業に伝えることに価値がある」というタイプ。インテージ(HD)さんやビデオリサーチさん、日経リサーチさんのような歴史のある会社に多い印象。

これらのリサーチ会社のMission / Vissionには「生活者/社会」「公正/信頼性」「品質」などのキーワードが目につきます。一方で、主なクライアントたる企業のビジネス成功へのプライオリティは何段階か下がっています。実績と経験に裏打ちされた誇りと、ちょっとやそっとじゃ折れないレジリエンスの高さがカッコいい会社です。

このタイプの課題として、言葉を選ばずに言ってしまえば、「自分たちが本当は生活者の声を代弁できていない」という状態に陥る(気がついてしまう)と、これらの会社は根底から揺らいでしまいます。そして、おそらくそれは実際に現在進行系で起こっており、事実、このスタンスをとっていたリサーチ会社のいくつかは、近年、危機感からか「顧客」という言葉を意識的かつ無節操に取り入れはじめたような印象を受けています。*2

リサーチ会社が実際にやってること

念の為、リサーチ会社は実際にどんなサービスを提供しているのかという話を簡単に触れておきます。

教科書的には、リサーチ会社は大きく定量調査/定性調査の2通りの調査を提供しています。いずれも、アンケート会員サイトで生活者の方(モニター)を囲って、その方々にポイントで謝礼をお支払いする代わりに調査に協力いただくビジネスモデルです。

定量調査は、アンケート調査に代表されるような生活者の態度や行動を数値に落とし込んで把握する調査です。最近ではインターネットモニタを使ったアンケートが主で、全体の傾向を素早く把握することが得意です。

定性調査は、いわゆるインタビュー調査です。1人の生活者を深く掘り下げることでインサイトを得るための手法です。最近はワークショップやグラフィックレコーディングなどの手法が採られることもあります。

上記の2区分以外に、会社や書籍によっては「集めるデータ」「集まるデータ」という観点で調査手法を整理・組織体制を構築することもあります。アンケートやインタビューが調査目的に応じて都度「集めるデータ」であることに対し、POSデータや消費者購買データ、Webアクセスログなどの絶えず「集まるデータ」の活用も最近注目されています。かくいうぼくも、リサーチ業界ではずっと「集まるデータ」に関わってきました。

ところで、企業はなんのためにリサーチをするの?

ここまではリサーチ会社の視点からマーケティングリサーチの話をしてきましたが、じゃあ、依頼する企業の側は何のためにするんだってことを考えておきたいです。

企業側は、より生活者に売れる商品開発のアイデアを得るため、生活者ニーズを掴んで効果的なマーケティング施策を選ぶため、自社のマーケティング施策がうまく行っているかを確認するためetc... 様々な理由でリサーチ会社に調査を発注します。

これらの発注目的を雑にまとめてしまえば、究極のところ意思決定の責任転嫁のために、企業担当者はマーケティングリサーチを依頼するんだって思ってます。

A案・B案・C案で迷ったときも自分で全部考えずに「だってデータがそう示してます」といえば幾分と負荷が減りますし、上司に説明するときに「だってデータがそう示してます」と言えば、担当者としては言い訳が立ちます。

顧客が意志決定のリスクを一人で背負わないためにリサーチ会社にお金が発生しているんだなって思いながら、日々働いています。ただし後述しますが、リサーチ会社がそのリスクを共有しているかどうかは別問題です。*3

ちなみに、「意志決定の責任転嫁のためのリサーチ」という観点は、マーケティングリサーチに限らず「データを使う理由一般」に拡大してもそれなりに成り立つ気がしていますが、クソデカ主語で語ると各方面に叩かれちゃうので止めておきます。。。

ぼくが思う、マーケティングリサーチの2つの未来

さて、ようやく本題です。

さきほどリサーチ会社の建前を整理しましたが、(一部の企業を除いて)意志決定の支援を謳う以上はその責任に対してどう向き合うかを考えておく必要があり、であればその責任に見合う、提供できる価値をきちんと明確にしておくべきではと思っています。*4

そして、その際に「ぼくたちはアンケート調査を提供してます」「私たちはPOSデータを提供してます」なんてことを誇りにしている会社は、それは商品でしかないので、何のジョブを解決しているか自分たちで分かっていないなら滅びて良いです。*5

ということで、ぼくは2017年頃から、これからのリサーチ会社は Storytelling / Digitalization の2つの路線で価値を提供するべきという主張をしています。これまでお題目のように掲げていた「意志決定の支援」をぼくなりに具体的に落とし込んだら2パターンになったよ、というお話です。*6

その1:Storytelling

データと生活者をより深く理解することで得られるインサイトと、その先にある戦略の提言によって、「意志決定の支援」からもう一段階覚悟を決めて、顧客の意志決定の責任の一端を担うことでお金を稼ぐ未来像です。「リサーチのお財布」だけでなく、「マーケティングのお財布」「経営企画のお財布」を狙っていくことになります。

リサーチ会社のリサーチャーと呼ばれる人たちは、データから一定のストーリーを組み立てて伝えるスキルと経験には長けているので、ほんの少しの勇気とマインドの切り替えで、もう一段階深い価値が提供できるんじゃないかなあと思っています。

また、この話をすると人によっては意外に思われちゃうんですが、マーケティングリサーチにおけるデータサイエンス領域も、データを深く理解して顧客に価値を提供するという点で、Storytellingのなかとして位置づけています。

その2:Digitalization

データを活用した顧客のPDCAサイクルの高速化によって価値発揮しようとする路線です。顧客の意志決定への責任自体はほとんど負わないけれど、その過程で生じるバリアを全力で取り除くことで、顧客には意志決定「だけ」に専念してもらうことでお金を稼ぐ未来像です。

リサーチ会社の「良質で多様なデータを自社で保有できている」という武器を存分に生かし、「欲しい」と思えるデータを、一瞬で「わかる」フォーマットに落とし込み、可能な限りリアルタイムに提供することで、顧客にかかる様々な認知的・時間的なコストをゼロにすることをMissionとします。

最近のマーケティングリサーチ業界では、TableauなどのBIツールが注目されていますが、これらBIツールが目指す世界観は、マーケティングリサーチのDigitalizationが目指すものとおんなじだと思っています。

という未来は本当にやってきそうなの?

マーケティングリサーチの国際的な業界団体であるESOMARが毎年発表している「マーケティングリサーチ業界Top25」というランキングがあるんですが、2020年末に発表された最新版で大変革が起こりました。Top25の顔ぶれがガラリと変わり、これまでTop10に入っていたインテージさんも一気にTop25から陥落しました。*7

Global Market Research 2020 レポート第3回:激変したトップ25社の顔ぶれ:広がった土俵!!

具体的には、先に述べたマーケティングリサーチの特徴である「調査・分析によって」が一段階拡張されて、戦略コンサルだろうと、BIツール等によるレポーティングの自動化だろうと「意志決定を支援する」企業であれば全部おんなじ志を持っている仲間とみなすようになったと受け取ってます。

ESOMARでは「さまざまなデータを収集・分析し、顧客にインサイトを提供する」ことを私たちの業界の使命と再定義しました。伝統的なサーベイ(Survey)を中心とした市場調査業務だけでなく、デジタルデータの収集・分析や、各種二次データを含めたレポート作成業務などを包含し、顧客の意思決定を支援する総合的なサービス産業(=「インサイト産業」)であると、事業ドメインを拡張させたのです。

言葉を換えれば、そのように再定義することで、業界の進むべき発展の方向性を指し示そうとしたと言えるでしょう。事実として、近年の市場の成長は、今回追加された領域に集中しています。

Global Market Research 2020 レポート第2回:新たな領域定義の詳細と期待される「方向転換」

個人的には、Storytellingに舵を切れば戦略コンサルの領域に足を突っ込むのは必然ですし、Digitalizationに舵を切ればデジタルデータ収集・レポーティング自動化などの領域とも重なってくるので、非常に納得感のある業界定義の拡張でした。 *8

で、結局ぼくはリサーチ業界で何がしたいのか?

リサーチ会社は「良質で多様なデータを自社で保有できている」という点が、事業会社にも、受託系のデータ分析企業にもなかなか真似できない優位性があると思っています。データのチカラで世の中にインパクトを残したい人にとってはなかなか楽しい業界です。あくまで表向きは、ですけど。

一方で、リサーチ会社自身が自分たちの保有しているデータの価値を十分に信じきれていないのではとも思っています。非常に勿体ないのですが、クライアント企業の依頼を受諾するビジネスモデルが自社データの新たな価値を引き出す野望と滅多に相容れないので、(偉い人が未来に投資する覚悟がない限り)リサーチ会社の日々の業務の延長線上では実現できず、仕方のないことでもあります。

要するに、顧客ニーズ起点の受け身な「意志決定の支援」だけを突き詰めた延長線上には、リサーチ会社が保有するデータのポテンシャルは十分に活かされないままで終わっちゃうので、もうちょっと主体的に「どんな価値で意志決定の支援を実現するか」に思いを馳せれば、マーケティングリサーチ業界にはまだまだ楽しい領域が広がってるんじゃないかなと思います。そうなったら、(いまはビジネススキル偏重の業界ですが)データサイエンス/データエンジニアリング領域のスキルを持つ方々も楽しめる業界になるのになあって思ってます。

ぼく個人のお話をすると、前職では結局、日々の業務という名の子供の御守りに疲弊し、心身の健康が脅かされてデータの価値を引き出す以前の問題になってしまったので、前職では志半ばで諦めざるを得なかった「リサーチ会社の保有するデータの価値を引き出す」という残課題に、現職でもう少し食い下がりたいなあと。特にDigitalaizaionの路線での伸びしろがまだまだいっぱいあると思っているので、死なない程度に足掻こうと思います。*9

……と長々と書いてしまいましたが、とはいえ「マーケティングリサーチ業界」への思い入れは全然無いので、もっと楽しくって生活水準の向上が見込める業界・会社があれば遠慮なく移るかもしれません。ここまでのお話も、もはやリサーチ会社で実現するのは無理なんじゃないかなという気もしているので。そんなお声がけもお待ちしております()

おまけ

ちなみに、リサーチ会社で一定以上のキャリアのある方が新卒社員に勧めてたり読ませたりしているマーケティングリサーチの1冊目、だいたい下記3冊のどれかです。

この記事でマーケティングリサーチなるものに興味を持った方向けにご紹介まで。

*1:ぼくはリサーチ会社に就職してからしばらく経つまで、そのことに気がついていませんでした。

*2:ので、このタイプの企業は遅かれ早かれ方向転換する(あるいは既に始めている)と思います。

*3:志のあるマーケターは、その前提に立った上で「クライアントの給与アップにどうやったら貢献できるか」を考えながらお仕事していますよね。

*4:多くの場合は、「顧客企業の意志決定に対して責任を負わない」という態度を取っていると思います。その最たる例が「数字を読み上げるだけ」の調査報告ですね。かといって逆に『ダメなら返金します』が責任だと思ってるなら、ビジネス辞めた方がいいと思います。

*5:建前としてはそんな会社無いけど、個人レベルに落とすと腐るほどいるのが実態なので悲しいところです。。。

*6:元ネタはRay Poynter氏の講演資料なのですが、ぼくが勝手にかなり拡大解釈しちゃってます。ちなみに元ネタの講演資料がネットを探しても見つけ切れないでいます。

*7:ちなみにこのランキングは2019年、つまりCOVID-19前のデータをもとに作られています。

*8:時代がぼくに追いついてきたなって感想が真っ先に来たのが内緒です。

*9:という野望といまの業務が合っているかは、また別の話です